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衝撃の瞬間
概要
再現された主要な目撃者や生還者の証言のほか、保管文書やフォトリアリスティックなCGによって、大惨事が起きるまでの混乱やパニックが明らかになる。真珠湾攻撃、パディントン駅での列車事故のほか、ボパールで起きた世界最悪の工場事故に迫る。当時の捜査員といった専門家たちが、原因究明の紆余曲折を再現。重要な手掛かりとなる証拠を分析し、危険な大惨事の一連の事象を解析する。
ステータス
Ended
放送局
Seven Network, Viceland, Fox Life, National Geographic
シーズン&エピソード

シーズン4
エピソード
9.11 (原題: 9/11)
2001年9月11日の火曜日、アメリカ東部の穏やかでほとんど雲のない朝のこと。仕事に向かう準備をしていた数百万人の人々の中に、マサチューセッツ州ボストンに住む航空管制官がいた。その日彼は、大惨事が迫りつつあることをレーダー画面から直感的に察知、規定の手順を一切無視して米軍に警告を出す。北東防空セクターの司令官であるボブ・マー米軍大佐は、最悪の事態を避けるべく対策を講じるが、困難を極めるオペレーションに投入されたのは、F-15戦闘機たった2機だった。他方、ボックスカッターのみで武装した19人の男たちは、レーダーをかいくぐって世界貿易センター、米国防総省、そしてペンシルバニアの平原へと飛行機で向かっていた。このエピソードでは、事件において重要な役割を果たした2つの拠点、航空管制室とアメリカ空軍に焦点を当て、真珠湾以来アメリカ本土に対する最大の攻撃となった大惨事の全容と、安全保障面の欠陥を逐一検証していく。番組ではボブ・マー米軍大佐やデイブ・ボッティリイア航空管制官のほか、アメリカ上空の全航空機に緊急着陸を指示した航空管制室の責任者ベン・スライニーや、大統領が管轄する調査委員会の上級諮問員ジョン・ファーマーによる衝撃の証言を紹介。"事件当日、9.11を防ぐ手立てはあったのか"という問いに対する答えを探っていく。
真珠湾攻撃 (原題: Pearl Harbor)
1941年のある静かな日曜日の朝、アメリカ海軍の太平洋艦隊は、戦火のあがるヨーロッパから遠く離れた楽園ハワイに穏やかに停泊していた。しかしその静けさは、日本帝国海軍の機動部隊の攻撃によって突如破られる。不意をついた日本軍の攻撃で数千人が命を落とし、アメリカ海軍の戦艦が破壊された。アメリカ海軍にとって不名誉とされるこの日は、歴史上最も成功した先制攻撃とされ、アメリカにとっては悲劇といわれる。しかし実際はどうだったのか?番組では歴史に残るこの大きな出来事を新しい視点で考察、勝利を狙う日本軍に致命的な打撃を実際に与えたかどうかを調べる。
パディントン駅の列車事故 (原題: Paddington Rail Disaster)
1999年10月5日、朝の通勤ラッシュ時にパディントン駅を出発した列車が、走行してきた列車と衝突する事故が起きた。衝突時の2本の列車の速度合計は時速209キロ。20メートルもの火花が上がるほどの衝撃により車両は大破し、乗客29名と運転士2名が犠牲となった。さらに数百名の乗客が負傷し、めちゃくちゃになった車両に閉じ込められた。当時の捜査責任者たちは、なぜ両列車が同じ線路を走行したのか、なぜ自動列車警報装置や制御装置がイギリス史上最悪となる列車事故を防げなかったのかを分析し再現していく。事故の状況を再現する過程で、回避可能だった最悪の列車事故を起こしかねないニアミスが過去にもあったという驚くべき事実が明らかになる。
上空での大惨事 (原題: Death In Mid-Air)
モスクワ発バルセロナ行きのバシキール航空に乗った45人の児童にとって、試験合格の褒美の思い出に残る旅になるはずだった。しかし離陸後2時間半以上が経った時、子どもたちを乗せたこのTu-154型機が、ドイツのバーデン・ビュルテンベルク州にある小さな湖畔の町の上空でボーイング757型の貨物便と衝突。両機の乗員乗客全員が悲惨な死を遂げる大惨事が起きた。両機とも航空機衝突防止装置を搭載しており、チューリッヒの航空管制下にあったにも関わらず、なぜこのような事故が起きてしまったのだろうか。番組では事故に至るまでの経緯に迫り、世界に衝撃を与え、その後も人の命を奪い続けることになった悲劇の引き金となった最悪のミスを調査する。
アルプスでの衝突 (原題: Alpine Collision)
1998年2月、アメリカ海兵隊のプラウラー電子戦機はいつもの訓練を行うため、イタリアのアルプス山脈へ向かった。しかし訓練の最終行程で、戦機の右翼がスキー客を乗せたロープウエーのケーブルを切断してしまう。ロープウエーのゴンドラは上空100m以上の高さから谷底へと落下し、乗客20名が犠牲となった。戦機自体も深刻なダメージを負ったが、約90キロ離れた基地へと生還。番組では事故が起きた原因とその影響を探究する。また当時の捜査員や遺族の証言のほか、現在も悲劇に悩む乗組員から話を聞く。
ボパールの化学工場事故 (原題: Bhopal)
1984年12月3日。夜を迎えたインドの賑やかな都市ボパール。100万人近い人口には、スラム街に住む工場労働者たちも多い。彼らは料理を作り、夕食を食べ、就寝の準備をしていた。この数時間に有毒ガスが街を覆い3000人以上の犠牲者を出すことになる事故の兆候に気付く者はほとんどいなかった。事故を起こした工場では、殺虫剤“セヴィン”を作るために、毒性の高いイソシアン酸メチルが使われていた。吸引した場合、呼吸器系に重大な損傷を与え呼吸困難により窒息に至ることもある。数年に及ぶ捜査と分析の結果、工場の専門家や従業員、生存者が12月のあの夜に何が起きたのかを証言をし、史上最悪となった人為的ミスによる工場事故が起きた経緯に迫る。
主要キャスト
Ashton Smith
Narrator




